山梨へ行こう!

山梨にはお寺やお城、富士急など楽しめる場所がたくさんあります。

このサイトでは山梨旅行の際に是非見てってほしい行事や名所をまとめました。

山梨県について

山梨には久遠寺・甲斐善光寺などのお寺、甲府城、富士急ハイランドなど、歴史的な観光名所から遊べるスポットまで楽しめる場所がたくさんあります。このサイトでは山梨旅行の際には是非立ち寄ってほしい行事や名所をまとめました。

山梨県

山梨県(やまなしけん)は、本州の内陸部に位置する、日本の県の一つ。県庁所在地は甲府市。令制国の甲斐国に相当する。

地理・地域

山梨県の分類

東日本に分類されていて、行政上の分類は関東地方又は首都圏。地理上の分類では中部地方(甲信地方又は甲信越地方)。日本政府によって公式に2つの地方に跨って分類されているのは三重県と山梨県のみである。

隣接都道府県

東京都 - 神奈川県 - 埼玉県 - 静岡県 - 長野県

山梨県南都留郡山中湖村と静岡県駿東郡小山町の籠坂峠付近と山梨県南都留郡鳴沢村及び富士吉田市と静岡県富士宮市及び駿東郡小山町の富士山山頂付近(県境)には2ヶ所未定区間がある。(御殿場市は、小山町の間に境界未定部分が有るため、富士吉田市及び鳴沢村と接する可能性もある)

地形

  • 盆地:甲府盆地
  • 山地:赤石山脈、身延山地、奥秩父山地、天子山地、丹沢山地、関東山地、御坂山地
  • :富士山、北岳、甲斐駒ケ岳、八ヶ岳、茅ヶ岳、身延山、金峰山、甲武信ヶ岳、大菩薩嶺
  • 丘陵:曽根丘陵、七里岩
  • :富士川、釜無川、笛吹川、早川、桂川、道志川、丹波川、荒川
  • :精進湖、本栖湖、山中湖、河口湖、西湖、四尾連湖、千代田湖
  • :雁坂峠、大菩薩峠、笹子峠、籠坂峠、柳沢峠、御坂峠、夜叉神峠、信州峠

気候と植物相

中央高地式気候を呈しているが、山地によって隔てられる地域差も大きい。盆地部には夏の暑さと冬の寒さがともに顕著で、冬の季節風(八ヶ岳おろし)が強いが降雪は豪雪地帯の南アルプス市(旧芦安村)と早川町を除いてわずか。年間降水量が少なく日照時間が長く、台風の通過経路でもありしばしば集中豪雨に見まわれる。山麓地域では盆地部より気温が冷涼で、降水量も多い。このため、盆地周縁では冷涼な気候に向いた葡萄の栽培が盛んである。

植物相は盆地部で落葉広葉樹林、山岳部では亜高山・高山帯の植生。また、富士川下流域の河内地方は温暖多雨であり太平洋側気候にかなり近く、潜在自然植生で常緑広葉樹林。

富士山の山頂は最暖月平均気温が6.0℃でケッペンの気候区分ではツンドラ気候となっている。また、清里のある八ヶ岳山麓、青木ヶ原樹海や富士五湖周辺の富士山北麓などの標高1,000mを超える高原地域は亜寒帯湿潤気候(Dfb)に属し、冬の寒さは非常に厳しく厳寒期には-20度を下回るが、夏は冷涼で避暑地となるなど北海道並みの気候である。

地域区分

  • 国中(中西部)=山梨郡・巨摩郡・八代郡
    • 峡北(甲府盆地北部及び八ヶ岳山麓。韮崎市、北杜市。)
    • 峡中(甲府とその周辺。甲府市、甲斐市、中央市、昭和町など)
    • 峡西(南アルプス市。旧中巨摩郡の釜無川西岸地域)
      • 山梨県の出先機関である地域振興局が再編成され、峡中地域振興局と峡北地域振興局が統合され「中北地域県民センター」となった。峡中地域振興局は 峡西地域も管轄していたため、地域振興局の再編成と呼応する形で峡北・峡中・峡西の3地域の総称として、「山梨県中北地域」が天気予報などでも使われ始め た。
    • 峡東(甲府盆地東部。笛吹市、山梨市、甲州市など)
    • 峡南(富士川流域。南巨摩郡、西八代郡)→富士川流域地域は「河内(かわうち)」とも呼ばれる。
  • 郡内(東部富士五湖)=都留郡
    • 東部(西桂以東。都留市、大月市、上野原市)
    • 富士五湖、富士北麓

「国中」「郡内」は、戦国時代以来の呼称。「中西部」「東部富士五湖」は気象情報で用いられている。郡名は古来用いられてきたもの。「峡○」は、県の出先機関である地域振興局の区分となっている(この四つの他、東部・富士北麓地域振興局がある)。国中地方は中部地方の文化圏であるのに対し、郡内地方は関東地方の文化圏となっている。方言も国中弁と郡内弁で異なる。

本社を置く主要企業

製造業
  • ファナック - 南都留郡忍野村
  • パイオニアマイクロテクノロジー - 甲府市
  • 山梨日本電気 - 大月市
  • よっちゃん食品工業 - 中央市
  • シチズンセイミツ - 南都留郡富士河口湖町
  • 東京エレクトロンAT - 韮崎市
  • シャトレーゼ - 甲府市
  • シチズン電子 - 富士吉田市
  • マルアイ - 西八代郡市川三郷町
  • キトー - 中巨摩郡昭和町
  • ニスカ - 南巨摩郡富士川町
  • 旭食品 - 南巨摩郡富士川町
  • テンヨ武田 - 甲府市幸町
  • はくばく - 南巨摩郡富士川町
  • 桔梗屋 - 笛吹市
情報通信業
  • システムインナカゴミ - 甲府市・中央市
  • カトム - 富士吉田市
  • o2c - 甲斐市
  • NTT東日本-山梨 - 甲府市
金融業
  • 山梨中央銀行 - 甲府市
卸・小売業
  • 山梨リコー - 中央市
  • オギノ - 甲府市
  • フカサワ - 甲府市
  • マルフル - 南都留郡富士河口湖町
  • サン宝石 - 中央市
  • くろがねや - 甲府市

拠点事業所を置く主要企業

  • 日立製作所オートモーティブシステムグループ - 南アルプス市
  • サッポロビール勝沼ワイナリー - 甲州市
  • メルシャン勝沼ワイナリー - 甲州市
  • サントリー登美の丘ワイナリー - 甲斐市
  • サントリー白州蒸溜所 - 北杜市
  • パイオニアディスプレイプロダクツ山梨工場 - 中央市
  • パナソニックADD事業部甲府工場 - 昭和町
  • トヨタ自動車山梨事業所 - 南アルプス市
  • TDK甲府工場 - 南アルプス市
  • 三井金属鉱業自動車機器事業部・ダイカスト事業部 - 韮崎市
  • ルネサス エレクトロニクス甲府事業所 - 甲斐市
  • ティアック富士吉田工場 - 富士吉田市

マスメディア

新聞

戦前には『山梨日日新聞』(以下山日)、『山梨毎日新聞』はじめ6紙が発行されていたが、第二次世界大戦中の新聞統制によって県内の諸紙は山日に統合される。戦後には数紙が創刊され、昭和40年代まで富士急行が大株主である『山梨時事新報』(山時)が山日と部数を競った。1969年(昭和44年)に富士急行が所有株式を売却すると山時は山日に吸収され、現在は、全国紙をのぞいて日刊紙は山日のみの状態となっている。全国紙は基本的には甲信越版であるが、地域により東京版も販売されている。

  • 山梨新報
テレビ局

NHKのテレビ放送は1953年(昭和28年)に開始されたが山梨の地理的条件のため契約数は少なく、NHK甲府放送局が1959年(昭和34年)に中継送信所を設置して以来普及した。民間放送ではラジオ山梨が1959年(昭和34年)12月に送信所を設置してテレビ局を開設し、山梨放送(YBS)(NNN系列)が開局。1968年(昭和43年)にUHF(極超短波放送)電波が割り当てられると、免許申請は一本化されて「山梨中央テレビ」として取得し、翌1969年(昭和44年)5月には株式会社テレビ山梨(UTY)(JNN系列)が発足。

山梨県は首都圏に属しているが行政区分上、中部地方に分類されることから在京テレビ局の放送エリア外であり、しかもFNN系列、ANN系列、TXN系列のテレビ局がないため、首都圏でありながら民放2局状態が長く続いている(ただし一部地域、特に郡内で在京テレビ局の電波を受信可能な地域は存在する)。それゆえビデオリサーチによる視聴率調査が行われていない都道府県(他は福井県、徳島県、佐賀県、宮崎県)の1つとなっている(ただしケーブルテレビの普及率が極めて高いため、実質的には5局地域である(2012年現在))。

  • 山梨県内のテレビ局
    • NHK甲府放送局
    • 山梨放送(YBS)(NNN/NNS系列)
    • テレビ山梨(UTY)(JNN系列)
ラジオ局
  • AMラジオ局
    • 山梨放送(JRN・NRN系列)
    • NHK甲府放送局
  • FMラジオ局
    • NHK甲府放送局
    • エフエム甲府(コミュニティFM)
    • エフエム八ヶ岳(コミュニティFM)
    • エフエム富士(FM-FUJI)(独立局)
ケーブルテレビ

山梨県のケーブルテレビ(自主放送)の世帯普及率は、2012年(平成24年)1月現在86%と全国第1位である。共同アンテナ受信なども含めると93%を数える。ただし、同県のケーブルテレビ局は他の都道府県それと用途が異なり、不足する地上波系列の補完が第一であるため、標準契約で視聴できる放送は地上波のみである。CS系放送局用アナログコンバーターやデジタル放送用STBは別途オプション契約となる。

区域外受信が可能なテレビ局

県内東部では以下のテレビ局が受信可能。ただし甲府盆地周辺では受信が難しい場合もある。NHK東京総合テレビ・教育テレビ(Eテレ)もNHK甲府放送局と総合・教育共に同一チャンネル(ただしアナログ放送)のため受信が難しい。CATV各局では、以下のテレビ局5局を再送信しているところと、甲府市近辺をエリアとする日本ネットワークサービス(NNS)のように、系列局を持つ日本テレビ・TBSテレビを除く3局を再送信しているところがある。しかし地上アナログ放送については、県内東部も在京キー局5 局の放送エリアに入っているとはいえ、山間部で受信困難な場所が多いため、近くの山の山頂や高台に共同アンテナを設置したり、地元のケーブルテレビに加入 しているケースが多かった。また、地上デジタル放送では物理チャンネルが重なるなどで、高性能アンテナを利用しても受信できない場合がある(双方の送信所 がアンテナの方向の一直線上にある場合は在京キー局は受信できない)。

  • テレビ神奈川(tvk)(すでに一部のケーブルテレビ局において地上デジタル放送での区域外再送信も行われている。)
  • TOKYO MX/テレビ埼玉(テレ玉・TVS)などを再送信(地上デジタル放送も含む)しているケーブルテレビ局もある。
  • 日本テレビ(地 上デジタル放送はYBS山梨放送と物理チャンネルが同一(25ch)のため、受信は極めて困難と思われる。しかしながら、YBSは日テレ系列局であるた め、一部の番組を除き、フジテレビや、テレビ東京のような1系列の番組がほとんど視聴できない状況は当面回避できる。)
  • テレビ朝日(物理チャンネルが重複していないため、高性能アンテナを使用すれば受信する可能性がある。また、一部のケーブルテレビ局では地上デジタル放送でも区域外再送信が始まっている。)
  • TBSテレビ(物理チャンネルが重複していないため、高性能アンテナを使用すれば受信する可能性がある。)
  • テレビ東京(地上デジタル放送はNHK甲府Eテレと物理チャンネルが同一(23ch)のため、受信は極めて困難。ただし、一部ケーブルテレビ局では地上デジタル放送でも区域外再送信が始まっている。)
  • フジテレビ(地上デジタル放送はNHK甲府総合と物理チャンネルが同一(21ch)のため、受信は極めて困難。ただし、一部ケーブルテレビ局では地上デジタル放送でも区域外再送信が始まっている。)

また、県南部(南部町・身延町の一部)や富士山周辺(富士河口湖町富士ケ嶺)では、在静各局静岡(日本平)や、富士宮(白糸)中継局から発射している電波を受信できる地域もある。

  • 静岡第一テレビ(だいいちテレビ、SDT)(日本テレビ系)
  • 静岡朝日テレビ(あさひテレビ、SATV)(テレビ朝日系)
  • 静岡放送(SBS)(TBS系)
  • テレビ静岡(SUT)(フジテレビ系)
地上デジタル放送
  • 山梨県地域のデジタルチャンネル割当て時に選定に係わった人々(山梨放送、テレビ山梨)の思惑により自局視聴率向上を図りたいために東京キー局と同じチャンネル割当に決定した経緯がある。
  • 地上デジタル放送については日本民間放送連盟が区域外再送信を原則として認めない方針のため、県内局のデジタル放送開始時点では在京キー局の再送信は一切行われていなかった。
  • 独立UHF局は2004年(平成16年)にTOKYO MX(ただし一部の局の受信点で電波状況が不安定で再送信できないケースもある)の一部地域における区域外再送信開始を皮切りに順次開始している。また、在京キー局も、テレビ朝日は2007年(平成19年)7月から順次、フジテレビも同年10月から順次、区域外再送信が開始されている。
  • NHK放送センター(首都圏広域放送)の総合テレビ(JOAK-DTV)を地元県域局の甲府局とともに再送信しているところもある。これは放送対象外地域のNHK総合テレビの再送信を禁止する方針は出されていないためである(別の県ではNHK側が区域外再送信を要望しているケースさえある)。
  • 2010年(平成22年)4月から、一部のCATVで激変緩和措置としてテレビ東京のデジタル再送信が当面の間、期間限定で始まった。CATV側は今後も関係機関との協議を継続するとしている。
  • この他、県南部の一部では、静岡県の地上デジタル放送が再送信により視聴できる。なお静岡県の地上デジタル放送については、御殿場中継局の放送が開始されたが、2010年(平成22年)11月1日開局の山中湖(大平山)サテライトの物理チャンネルが大部分が同じであるため受信不能。
山梨県の観光

山梨県(甲斐国)は江戸時代に甲州街道などの主要街道や脇往還、富士川舟運に よる主要な交通・物流網が成立し、江戸期には旅の大衆化により武家から庶民まで多くの旅人が来訪した。江戸期には文人・学者などによる甲斐国の旅行記が残 されており、武田氏関係の史跡や富士山、御嶽昇仙峡などの自然や身延山久遠寺など主要な名所が成立する。甲斐の名所は旅日記のほか『甲州道中図屏風』や文人絵画、葛飾北斎『富嶽三十六景』や歌川広重『富士三十六景』などの浮世絵においても視覚的に描かれ、近代以降の開発によって消失した名所も描かれている。

明治初期には道路整備や鉄道の開通などにより観光業が盛んになり、八ヶ岳や富士北麓などにおいて観光地や保養地としての整備が進む。戦後には笹子トンネルや中央自動車道の開通によって交通網がさらに整備され、観光業は主要産業化する。交通網の整備により首都圏や中京地域から観光客を呼びこみ、武田氏関係の史跡などの歴史資産や八ヶ岳・富士山・御嶽昇仙峡などの自然資産を活かした観光業を展開している。

特に武田信玄は近世期から『甲陽軍鑑』を通じて大衆的知名度があり、地元においては近代に崇拝され郷土の英雄として位置づけられている。戦後においても信玄を中心とした観光作りを行っており、毎年4月上旬には信玄公祭りを実施し、地元における日常食であった「ほうとう」が武田信玄の陣中食であったとする触れ込みで観光食化するなど新たな名所・名物も成立している。

また、戦後に発達した果樹栽培など地場産業を活かした観光農園や外国人観光客の呼びこみ、富士山の世界遺産認定の推奨、甲府城の整備や富士信仰など武田氏以外の歴史的観光遺産の発掘など県をあげての活動を行なっている。